最低賃金引上げが経済学的に間違っているというのは本当か?

民主党格差是正緊急措置法案が今日提出された。
http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=9681
この民主党最低賃金の引上げについてブログを見て回ると色々不安や不信を持っている人が多いようだ。また最低賃金の引上げは経済学的に言うとナンセンスらしい。

民主党の主張するように、最低賃金の引き上げや同一労働・同一賃金の規制を行ったら、何が起こるだろうか。日本の最低賃金が国際的にみて低いことは事実だが、これを引き上げたら、非正規労働者の市場はきわめて競争的なので、企業はパートを減らして正社員に残業させるだろう。またパートの賃金を正社員と同一に規制したら(欧州で問題になっているように)非正規労働者の賃金は上がるが、彼らの失業率も上がるだろう。こういう「1段階論理の正義」は、かえって格差を拡大してしまうのである。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/92e2c979658285d94ba707dd6be72130

最近、『論争 格差社会』を読んだ。昨今の格差社会論争に関する論文集で、一番最初に収録されている大竹文雄氏の論文が本全体の基調を作っているという印象。しかし、この論文にはどうも納得がいかない。とりあえず引用しよう。大竹氏自身は規制緩和に好意的なスタンスで、次のように述べている。

Q 規制緩和によって格差が拡大したのではないか?

A 規制緩和が所得に与える影響は三つある。まず、参入障壁によって守られていた人々や産業では、規制による恩恵として超過利潤(レント)が発生している。規制緩和とは、こうしたレントをなくすことであり、結果として規制産業に従事する人の所得を低下させる。一方で、参入障壁があるためにその産業で働くことができなかった人々にとっては、規制緩和による障壁撤廃が所得増加に結びつくことになる。・・・(p.25)

 この理屈自体は分かる。規制のない状態での賃金(=市場均衡における賃金)と、規制がある状態での賃金を考える。最低賃金規制や解雇規制があると、労働者は相対的に保護されるため、

     市場均衡における賃金 < 規制がある状態での賃金

となる。この差額、「規制下での賃金−市場均衡賃金」は「レント」と呼ばれる。規制の影響で就労している労働者が余分に受け取っている取り分のことだ。他方、賃金水準が市場均衡水準より高くなるため、その分労働需要は少なくなって、仕事につけない人が増える。つまり、失業者が増える。・・・規制緩和は、このレントを生み出している規制をはずすので、就労者と(元)失業者の格差は縮まる。「規制緩和がなければ所得格差はさらに大きくなっていた可能性が高い」 (p.25)というわけだ。

格差社会ノート(1)──規制緩和は格差を縮小するのか? - モジモジ君のブログ。みたいな。

このように一般常識と違い最低賃金制度は逆に失業者を増やす制度だという説明が経済学ではなされている。しかし近年では違った見解が示されている。
研究メモ 最低賃金と雇用の関係はそんなに単純じゃないかも?

それでは、彼らの「驚くべき」ファクト・ファインディングとは何か。彼らは、92年4月1日に、ニュージャージー州が州最低賃金を時給4.25ドルから 5.05ドルへと引き上げた前後で、同州および隣接するペンシルヴァニア州に立地するファースト・フード店における雇用実態をマイクロ・データを用いて分析した。ここで、ファースト・フード店が分析対象とされたのは、それらの多くが低賃金労働者を雇用しているためである。このとき、川向こうのペンシルヴァニア州では最低賃金の改定が行われなかったので、二つの州を比較した場合、ニュージャージー州の雇用はペンシルヴァニア州の雇用に対して相対的に減少しなければならない、というのが標準的な経済理論の帰結である。ところが、現実には最低賃金の引き上げがニュージャージー州の総雇用量を減少させたという事実は、検出されなかった。それどころか、最低賃金引き上げの影響を受けるニュージャージー州のファースト・フード店の雇用のみを取り出して、影響を受けない(つまり、従来から最低賃金以上の賃金率で従業員を雇用している)同州の店舗、あるいは同じく引き上げの影響とは無縁のペンシルヴァニア州の店舗と比較すると、明らかに最前者における雇用量が、相対的に増加していることが分かった。通説とは逆に、最低賃金の引き上げは、むしろ雇用量を増やす効果を発揮しているのである。

http://www.jri.co.jp/JRR/2002/11/op-minimumwage.html#pagetop

またアメリカではこの研究を受けてか、このような運動がなされれるようになっているようだ。

 2月16日のしんぶん赤旗の1面下の『潮流』はとても有意義でした。
アメリカの中小企業やベンチャー企業の経営者が労組といったいとなって「最低賃金の引き上げは当然」という論陣を張っているとの内容です。
もっともな話しです。労働者の賃金を上げて購買力を高め、それによって地域経済の活性化を図るというのですから道理は明確です。
(略)
アメリカの若い経営者たちの発想は鋭い。彼らは言う。「低賃金の労働者は他の地域に行かず、賃金を地元で使うから、地域経済を直接潤す」
「労働者に生活できる賃金を払わなければ、貧困や貧弱な医療から生ずる疾病や障害、死亡のコストを社会全体で払わなければならなくなる」と先を見据えた分析も付け加えています。

ポラリス-ある日本共産党支部のブログ 最低賃金の引き上げ

また日本での最低賃金についての実証研究は いまだ雇用に関しての影響は結論が出てないようです。

最低賃金に関する経済理論と実証分析
(略)
続いて、アメリカにおける実証研究の結果がまとめられている。ここでのポイントは、最低賃金の改定が雇用に対してマイナスの効果を及ぼすという結果と、雇用に対してほとんど影響を及ぼさないもしくは若干のプラスの効果を及ぼすという結果に2 分されるということである。1990 年代以降も多くの分析結果があるが、上記の議論について必ずしも結論をみているわけではない。
第2 章の最後では、日本の研究業績について簡単に紹介している。それら研究業績の多くは、最低賃金の賃金下支え効果に関するものである。最低賃金が賃金の下支え効果を有するという結果とそうではないという結果に分かれるが、個票を使った詳細な結果をみる限り、最低賃金の賃金下支え効果は地域によって異なるという見方が妥当しているようである。

「日本における最低賃金の経済分析」サマリー

またこれらとは別に高所得者から低所得者への所得移転により内需の喚起が起こるという研究結果も出ています。

労働運動総合研究所(代表理事・牧野富夫日大教授)は26日、最低賃金を時給換算で1000円に引き上げれば、約700万人の労働者の賃金改善につながり、引き上げ分を高所得者層に賃上げするより約5685億円の経済効果があるとの推計を発表した。春闘内需拡大などに最低賃金の引き上げが注目を集める中、引き上げ効果の大きさを改めて示す結果となった。
 推計は、厚生労働省の賃金構造基本統計調査、消費実態調査などから行った。それによると、最低賃金を1000円に引き上げればパートの77.9%の374万人が月額約2万5000円、一般労働者の13.6%の309万人が同2万9000円賃金が改善される。増額分は計2兆1857億円になる。

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070227k0000m020146000c.html